メキシコに住み始めて11カ月となる2018年7月1日、6年に一度の大行事がやってきた。メキシコ合衆国大統領選挙である。2012年12月1日就任のエンリケ?ペニャ?ニエト第57代大統領(制度的革命党=PRI)の後継を決める日がやってきたのである。
メキシコに到着して以来、訪れる先々で選挙の話を耳にし、選挙キャンペーンを目にしてきた。信号で車が止まれば、垂れ幕を持ち、顔を青く塗った若者たちが立候補者の名を唱え、投票を訴える。独自のリュックや帽子などのグッズをつくり、市民に配ることで投票を訴える政党もあった。2017年11月からは労働行政機関前に、貧しい州として知られるチアパス州、オアハカ州から大型バスに乗ってやって来た農民たちが労働条件の改善を求めて何日も、時には何週間もデモに参加していた。選挙日が近づくにつれ、地下鉄や街中のポスターは各党の立候補者の笑顔と名前を大きく掲げたものに変わっていった。
私の住むメキシコシティは、周辺地域から毎日多くの人が仕事で集まるため、人口過多と公害が社会問題になっている。その数はシティ在住の者と合わせて2000万人を超える。市内を走る地下鉄やバスはラッシュ時になると溢れんばかりの人でごった返し、喧嘩が繰り広げられる。
そんなメキシコでの大統領選挙。さぞかし盛り上がるのだろうと期待していたのだが、私の予想より穏やかにそして静かに7月1日の朝を迎えた。この日は日曜日であった。平日は朝からサルサが流れる中心街の露店はほぼすべて休業。「今日は選挙だね、メキシコはこれからどうなると思う?」と私がメキシコ人の友人に尋ねると、「どの政党も同じ。何も変わりはしないよ」と冷めた返事。選挙に何も期待しない若者も多く、それを理由に投票に行かない風潮もあるのだとか。ただし、選挙を一つの大きな祭りとみなし、騒ぐためだけに市内の中心地に足を運ぶ若者も少なくないという。
夜になり、急に外の様子が一変した。各報道局のヘリコプターが空を飛び、市内中心地に位置するヒルトンホテルの前には報道陣と一般客が集まっていた。いよいよ次期大統領の発表である。夜9時をまわる頃にはヒルトンホテル前と国立宮殿前は人で溢れ、選挙結果の発表を今か今かと待ち構えていた。
12月1日付で就任する第58代大統領には、新興左派政党である国民再生運動(MORENA)のアンドレス?マヌエル?ロペス?オブラドール氏が当選した。その発表を待ちわびて中心地に集まっていた人たちは一気に歓声を上げた。というのも、実は今回の選挙の結果はいわば織り込み済みであり、国民再生運動の勝利を予想する支持者ばかり集結していたからだ。
発表後は街中の至る所で同じリズムの車のクラクションが一晩中鳴らされていた。それは睡眠が妨害されるほどであった。大統領選挙翌日から再び労働行政機関前に大型バスが押し寄せ、チアパス州、オアハカ州から来た農民たちのデモが始まった。彼らのプラカードには「終わりなき戦い、このデモに期限はない」と書かれており、何日も道路にテントを張って泊まり込んでいた。
貧困にあえぐ人々が左派系大統領に寄せる期待は大きい。貧富の格差が大きいこの国に変化は訪れるのか。7月1日は始まりの第一歩にすぎない。
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世界言語社会専攻 国際社会コース
博士前期課程2年 八角 香
【掲載日:2018.8.20】